suzume blog

Pythonを勉強中です。日々雑多なことを書いています。

非日常から日常へ

コロナ禍、といってここ数年、非日常の生活を送っていた。

当初違和感を感じたテレワーク、ステイホーム、密・・・

色々な言葉が生まれ、馴染んでいった。

自分を守り、相手を守るためならやむをえない。

感染を防ぐため、という名目のもと様々なお約束事を

みなきちんと守ってきたと思う。

だいぶこの状態にも慣れてきた頃、今度はウィズコロナなんて

言葉も生まれ、最近になって水際対策の緩和、マスクの不要・・

イベントの人数制限の解消・・・少しづつ、コロナ前の状態に

戻ろうとしている。

 

昨日、バスに乗っていた。

時間帯のせいか地域柄か、そのバスは高齢者が多く利用している。

昨日も自分以外はみなかなり高齢のお年寄りばかりが乗っていた。

自分が乗る時には既に満員で座る場所が無いので仕方なく

立っていた。

少しすると80歳は超えているだろう女性が

大きな荷物を抱えて乗ってきた。

その女性はバスの混在ぶりを見て座るのは無理だと

判断したようだが、最後列に座っていたお年寄りがざわざわし始めた。

そこには「感染予防のためひと席空けて座りましょう」

というボードが置かれ、彼らはそれを守ってひと席づつ空けて

座っていた。

もちろん正しい座り方だ。

でも自分より高齢の女性を見て、みな少しづつ席を詰め始めた。

最初は知らない同士で「でもひと席空けなきゃダメなんじゃない」

なんて話し合いもしていたが、最終的に

「こちらどうぞ」

と女性に声をかけ無事みな(自分以外は)座れる事となった。

 

感染対策も大切。

人にうつさないことはもちろん大切。

だけど、最近の電車では当たり前に混雑した状態である。

野球だって席を空けないで観戦している。

なのにどうしてバスだけ、当初決めたルール通りに

感染対策を続ける必要があるのか。

感染リスクを減らす必要があるが、お年寄りの場合は揺れる車内で

何かの拍子に転倒するリスクもある。

 

お年寄り達はたぶんいつもは守っているだろうひと席空けるルールを

自分達の判断の上であえて破って高齢のお年寄りを座らせていた。

 

非日常から日常へ。

ささやかだけど、こうして色々な場面で、どこかの誰かが決めた

ルールから自分達が正しいと判断した日常へ戻っていくのだな

と感じた土曜の午後であった。