ほうれん草を茹でるために大きめの鍋にお湯を沸かした。
いつもは火にかけて、沸騰する間は別の事をしているのだが
今日は何となく沸騰するまで鍋の中を見ていた。
余裕がある日曜日というものは良いものだ。
最初は小さな気泡がたくさん立ち、どんどんはじけていく。
小さな頃に歌った「シャボン玉」の歌がふと頭に浮かんだ。
そしてそのまましばらく見ていると、小さな気泡の中から
次第に大きめな気泡が登場し、それも他の気泡と合体しつつ
消えていく。
大きくなったからといっても小さな気泡とあまり変わらない
くらいの時間でやはり消えていく。
結局はいつかは消えていく運命なんだなと観察してると、
不思議な事に気が付いた。
気泡が消えないのだ。
かなりの高温の中で、消えずに残る方法を見つけたかのように
気泡の集団は大きくなりながら
どんどん成長していく。
ある温度まで行くと、消えない仕組みなのだろうか・・
もしかしたら当初の気泡は消えてしまっているかもしれないが
でも間違いなく、集合体の形は継続されていく。
気泡の集合体は形を変えながらある一定の大きさを維持している。
もしかしたら、生命の仕組みもそんなものなのかもしれない。
細部細部は個々人で違うけれど、結局みんなだいたい同じなのだ。
高温の世界の中で少しづつ消えたり生まれたりを繰り返し
その形を継続していく。
自分なりの納得のいく結論を出し、ほうれん草を熱々の世界に
入れたのであった。