suzume blog

Pythonを勉強中です。日々雑多なことを書いています。

あっち側とこっち側

今日はとても抽象的な事を書こうと思う。

実際の言葉にすることもできるけれど、ものすごく嫌な奴に

なりそうなので抽象的な言葉で書こうと思う。

 

あっち側とこっち側。

今は色々な幸運が重なってこっち側にいるように思えるけれど

いつあっち側にいくか分からない。

健康とか家族とか友人とか仕事とか。

普段当たり前だと思って享受している幸運は、幸運である事すら

意識せずにいるけれど。

でも、あっち側に行って初めて当たり前ではない事に気が付くのだと

思う。

もしかしたら、自分にとってのこっち側は誰かのあっち側なのかも

しれないけれど。

 

みんな同じように努力して、働いて、でも何かの拍子にあっち側へ

行ってしまう。

PCなら、色々な不具合で本当に困った時は電源を切って再起動する事が

できる。

でも人生で再起動する事は現実的には難しい。

出来てログオフ、くらいであろうか。

 

人によって、こっち側とあっち側の定義は違うだろう。

たとえば、自分にとっては自由度や選択肢の多さが基準となる。

何が正解かも何があっち側なのかもよく分からない。

それでも、あっち側とこっち側のシーソーゲーム。

いつ何かの拍子にあっち側に傾くかも分からないシーソー。

今の場所を気に入っているのであれば、今の場所の負荷を

高め続けなければいけないのだろうなと

それだけは何となくわかる。