忖度とプログラミング。
片や人間的、方やその言葉のままコンピュータ的?
プログラミングをしていると、時には打ち間違えや入力ミスをする。
そして当たり前の結果だが、そのコードを実行してもエラーとなる。
システムが忖度して誤りを直し、エラー解消してくれることはない。
でも、それで良いのだ。
むしろそうでなくては困る。
勝手に入力者の立場や気持ちや意向を推し量り、希望のコードに直す
なんてことはしなくて良いのだ。
間違っていればエラー、正しければそのまま反映する。
ただそれだけ。
1か0の関係。
とても気持ちが良い。
こんな当たり前のことを書いたのは、日々会社勤めをしている中で、
人間関係の何やかやで忖度を求められる日常に時々嫌気がさしてしまう
からかもしれない。
どうしても仕事では人間関係を円滑に進めるためには本音を人間語?に
変換させて伝える必要がある。
プログラミングも機械語をプログラミング言語に変換をしているが
システムにたいしてストレスは発生していないと思われる。
少し前にAI上司の是非についてテレビで放送していたが、
AIに評価されたり指示を出されるのは人間として微妙な気分ではある
ものの、変に忖度したり根回しをしたり、そういう疲れは不要だと
思うとそこまで悪くないような気もする。
とにかく、プログラミングは入力が間違っていればエラー、
正しければ反映、という当たり前の事をまさに機械的に忖度なく
行ってくれるところに気持ち良さがあるように思う。