suzume blog

Pythonを勉強中です。日々雑多なことを書いています。

アクセルとブレーキを同時に踏む

新聞を読んでいて、また心に響く言葉が書いてあった。

「アクセルとブレーキを同時に踏む」

自分は完全にペーパードライバーなので簡単にはイメージが

つきにくいのであるが、もしアクセルとブレーキを同時に踏んだら

車はどういう動きをするのであろうか?

動きたいけど、動けない?

それとも少しづつでも前に進むのだろうか?

もしくは故障してしまうのであろうか?

こんな下らないことを日曜の朝から考えていた。

個人的事情なのでここでは割愛するが、自分もここしばらく

この「アクセルとブレーキを同時に踏む」状態なのである。

一度「思い切って決定Aにしよう!」と心に決めてみたものの、

少しして「いや、やはり安全を取って決定Bにしよう!」

とAとBの間でかなり心が揺れている。

そしてこのAとBはまさに正反対の内容なので

自分的にはこの「アクセルとブレーキを同時に踏む」

という言葉がやたら心に響いてしまったのだ。

こういうとき、人は他人に相談するのかとは思うのであるが、

比較的重い内容なので相談された人も困るであろう。

そして、もし答えをもらったとしても、もしその決定通りにし、

万が一、後々、自分の意向にそぐわない結果となってしまった際、

ほんの一ミリでもその人の事を思い出さないとは言えないのである。

いざという時に、完全に自分の責任だと思うためにも、一人で結論を

出さなければならないのであるが、優柔不断なのか想像力が

豊かなせい?なのか、自分の中での最善の答えがコロコロ変わってしまい

自分でもホトホト困っているのが実情である。

よく「やった後悔とやらなかった後悔があるなら、自分はやった後悔

を取りたい」なんてカッコいい言葉があるのであるが、

どちらかと言えば自分も「やった後悔」派なのではあるが、

それでもリスクが大きすぎて心を決めかねているのである。

 

ちなみに実際の車の場合、ブレーキの種類によるものの

アクセルとブレーキを同時に踏んだ場合は、

全く動かないか、もしくは少しづつ動いて何かにぶつかって止まる

という結果となるらしい。

 

人間の場合も、全く動かないという事は現実にはなさそうなので

少しづつ時間の流れとともに大きな流れの方に進んでいく、

という事になりそうだ。

結論が出ないままであっても大きな結論の方へは向かってしまう、

という事を考えると、せめて自分がどうしたいのか、という事だけ

でも整理をしておき、進む方向だけでもハンドリングして

おかなければならないなと思うのである。